産地の歴史

6世紀(古墳時代の末期) 第26代継体天皇がまだ皇子のころ、越前国に住まわれ地方巡業で河和田の地に来られました。その折こわれた冠の修理を片山集落(現在の福井県鯖江市片山町)の塗師に命じられました。塗師は、冠を漆で修理するとともに黒塗りの椀を献上したところ、皇子はその見事なできばえにいたく感動し、この地を漆、漆器生産の地として奨励いたしました。

905

延喜5年

漆を正税とする国名に「越前」の名があり、この頃既に漆を掻く技術があったことを証明しています。「年貢=米」が通常の租税であった時代に越前では漆を納めることが許可されていた。
1613

慶長18年

日光東照宮造営に際し、水戸藩姫路藩の御用漆掻き人として越前国漆掻き職人が連名で記載されています。漆掻き職人=越前の衆とも言われるほど、このころ全国(特に北関東)に漆採取に出かけました。
1688-1704

元禄年間

越前国戸ノ口の工人が漆の塗笠を製したとの記述が残っています。
19 世紀初頭

享和年間

下地に柿渋を利用し、仏事の盛んな越前において椀・膳の大量生産が始まりました。現在の八十椀、宗和膳の流行で産地形成が興ったとされます。これが越前漆器の特徴である現在業務用漆器シェア8割以上という産地の礎となりました。
1848-1854

嘉永年間

京都から蒔絵技法、能登輪島から沈金技法がが伝わり、その後加賀、山中との交流もあり、漆器生産は長足の進歩となりました。
1975

昭和50年

「越前漆器」が国の伝統工芸品として指定を受けます。
1980

昭和55年

越前漆器会館(現うるしの里会館)が完成。技術研修、後継者育成など産地の円心の役割を果たしいます。
2013

平成25年

「うるしの里かわだ元気プロジェクト」実施。これまで育んできた歴史や文化を活かし認知度向上と国内外からの交流人口の拡大を図ります。 
暮らしを紡ぐまち河和田:kawada-t.jp/
2015

平成27年

「RENEW」開催。毎年10月に行っている。河和田地区の漆器やめがねの工房をオープンした体験型マーケット。
2017

平成29年

「RENEW」と中川政七商店が展開する「大日本市博覧会」がタッグを組み開催。
kawada-t.jp/renew/